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宇宙の話でもしようか。宇宙は楽しい。

エウロパから水が噴き出しているかも知れないって。

木星の第二衛星で、ギリシャ神話のゼウスに惚れたエウローぺーから名前をもらった星。 見た目はなんだか汚ったない星だけど(地球が美しすぎる)なんでも表面は分厚い氷に覆われていて、その下には星に温められて溶けた氷に由来する海があるらしい。(すげえな)そしてその海の水がドバァって吹き出している可能性が出たらしいのです。(へえ)

火星に人を送るのは生きているうちに見られそう。

もう最近のトレンドはしばらく前から火星。火星ばっかり。現在も人間が作ったリモートのロボットが火星の上でいろんな調査をしている。 そして今度は火星に小型ラジコン飛行機を運んで飛ばすんだって。ちょっとづつ調べて、人間様が後から行く。

地球の周りには人間が打ち上げた人工衛星がぐるぐる回ってて、我々の生活にもはや必要不可欠になっている。その中には「望遠鏡」もある。遠隔の望遠鏡、ピンとこないけど、その望遠鏡は見るのではなく、感じる望遠鏡らしい(なんとか線を感知)感じる望遠鏡w バカみたいに遠くまで感じることができ(人間からすれば)あまりに遠すぎてその望遠鏡で感じている遠くの宇宙は何億年も前のものだそうだ。

 

僕が知っている宇宙の知識なんて、何にも使えない、役に立たない知識深度だ。僕の興味のある部分をちょっと掬ってわかったような気になっているだけ。ニュースアプリに宇宙に関する話題を見つければ読んでみるし、夜空に星をみつけてセンチな気分になったりする。

その程度の知識。

物事は「わかったような気になっているくらい」が一番楽しいのだ。

人を非難する人も、偉そうに講釈を垂れるジジイも、わかったような気になっているだけだ。 本当に敵対するのなら、信用も正義も存在するし、どちらかが一方的に気分を害すことはないだろう。

知ったかぶりの連中が僕のようにこっそりと寝る前の楽しみの宇宙調べではなく、知ったかぶりを「理解」と勘違いし行動することで問題はどんどん複雑化し、手がつけられなくなるものだ。


物事は知れば知るほど、苦しくなる。

それは何かを極めんとする過程の中で絶対に訪れる試練のようなもの。極めるとはその物事を構成する全てを理解し、応用でき、発展させることができるということだ。

しかしおそらく現時点で極めたとて、その物事に係る新たな問題や疑問に到達し苦悩する。

極めるとはとてもとても厳しいことで、それこそ人間の一生なんてあまりにも時間が足りないのである。それでもそれに立ち向かおうとするのはプロフェッショナルとして尊いことで、そういう人物が多く存在したおかげで、現在の我々は馬鹿面を恥ずかしがらずに生きていられる。

口から出た言葉には「責任」が宿る。「覚えていない」も「知らない」も通用しない。 つまり、あまりわかっていないことを偉そうに喋ってしまっては、責任の取りようがない、無責任となってしまう。

その辺の気遣いを親から子へ、友人から友人へ伝搬できるような世の中になれば、少なくとも一人で膝を抱えて泣いている人の数は減るだろう。

 

ペラッペラでもいい宇宙の話は楽しいなあ。

 

ぜひこちらもお読みください これはあまりにも不憫でならない 日大アメフトの件


「宇宙の話でもしようか。宇宙は楽しい。」への2件のフィードバック

    1. 僕はわかっているんですけど、どんどん突っ込んで行って頭に負荷ばかりかけていますわ。

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