これはあまりにも 不憫でならない 日大アメフトの件

なんだかやるせなくて

世間は今日も盛り蕎麦かけ蕎麦。言った言わない、やったやらない。 昨日のタックル大学生の記者会見には純粋に遣る瀬がない想いにかられてしまった。 彼のいうように、いくらレギュラー欲しさだったり、逆らえない状況だったとしても「やったのは自分なのだから責任は生じる」だからアメフトをやる権利も気持ちもない。とのこと。自分が心血を注ぎ、楽しみ、日本代表まで上り詰めた道だが、そのスポーツを取り巻く環境に嫌気がさしていて、「嫌いになっていた」とまで言わせたのだ。

試合に出してもらえない理由

はわかる。「試合に出るに値しないから」だ。つまり試合に出られる人数、作戦において当該選手よりも優れている選手が他にいるということ。これに関しては幼稚園の白雪姫問題とは違い、どの選手もレギュラー落ちする自分の実力を悔しさとともに受け止め、実力を向上させようと務めるはずだし、限界を感じれば去る決断も自由だ。

コーチや監督はその一人一人の選手の適性や力量をはかるゲージでしかない。的確に測ってチーム全体と一人一人の選手を見るのだ。

だが僕が引っかかったのは「練習参加も許可されなかった」ことだ。

なにそれ。練習できなければ努力のしようがない。割と特殊なスポーツだし、どのスポーツよりも「連携」が重要だと僕は認識している。ラグビーやフットボールの素晴らしいところは「光る個人プレー」ではなく、「チーム全体で一つの生命体のように光る」ところだ。

もちろん他のスポーツでも同じことが起こるが、ラグビーやフットボールのそれは厳格で詳細なルールによって保持されている。 優れた個人よりも、優れた連携の妙なのだ。

それを自主トレーニングといっても筋トレやランニングくらいしかできないだろう。リアルタイムで練習しているチームメイトとのコンセンサスに落差が生じて最も苦戦するスポーツなのだから。

「日本代表も辞退しろ」

この発言も随分疑問だった。邪推と言われても構わないが、この監督はその世界ではかなり有名な人らしい。日本代表を決める、あるいはその利権問題にも密接に絡んでいるのではないか。どうものらりくらりと明言を避けるところや(やっていないということだけはしっかり覚えている)相手の大学名を平気で間違い続けるところなどを鑑みるに、「スポーツの監督」というよりも、どっかのインチキ代議士のような印象を受ける。


僕はラグビーやアメフトを学生時代にやっていた人が好きだ。

40、50になっても衰えない堂々たる体躯、正々堂々正直で優しく、誠実だ。それはどのスポーツよりも厳しい(と僕は思う)練習と上下関係、良いしきたりのなせるワザなのだろう。なぜ厳しいかといえば「大きな怪我」のリスクが非常に高いスポーツだからだ。件のタックルを受けた選手は、試合が一旦止まったあと「流していた」ように見えた。それは当たり前。試合の途切れたポイントで脱力するのはラグビーアメフトに限ったことではない。どんなコートスポーツでも敵も味方も一旦止まる。その時に「一人だけ」任務を遂行させられたのだ。

文字通り無防備だった彼は突然車に引かれたようなものだ。現在は練習に参加できるまでに回復したそうで、何よりだが、あの部位は人間の急所のひとつ。壊れれば一生車椅子まであった。 前途ある若者達をもしも「自分の地位や利権を守るために扱ってきたのだとしたら


この会見を受けて被害を受けた選手の父親は刑事告訴を検討する構えを見せた。

被害選手の父親もタックルをした選手の父親もとても厳格で良い父親に見える。

20歳になったばかりの息子にいくら言われたことだったにしろ「世間様を騒がせたこと、相手を怪我させたことを詫びてこい。顔を見せない謝罪はない」と送り出した。

それは並大抵ではない。僕は素直にカッコイイと思った。この学生の将来を奪ってはいけない。

もちろん事件の全体像はまだ見えていないが、彼の言葉に僕は「正直」を感じた。つまりながらもほころびを見せなかった。それは真実に基づいてありのままを答えているからではないのか。

問い詰められている政治家の答弁と比べて欲しい。やましいことのある人間は訓練されているはずの政治家でもタジタジしてしまうものだ。

もしもこの学生が自分に都合の良い答弁を意図してあの会見を開いたのならばある意味で天才的な演技の才能と言わざるを得ない。しかしそんなことはなく、ただ正直に実直に、言い訳ぜずに正々堂々謝罪し、答弁したのだ。

僕は23時台のニュースで会見を見たが、スタジオにカメラがパンされた後の雰囲気は納得のものだった。キャスターコメンテーター一同が息を飲んでいたのだ。

それが答えだ。真実には人を黙らせる力が宿る。


もしもこの監督、コーチが純粋な学生の心を成績のために利用し、自分の実績を積み上げているのだとしたら、僕は言いようの無い怒りがこみ上げてくる。人間の一番柔らかい部分を利用するのは一番残酷なことだ。

両者の答弁を比較して、どちらが「普段頑張っていたのか」は一目瞭然。

この件を正確に解明し、不幸な選手達に未来を与え腐った人間を裁くためには世論の後押しが必要だと強く感じます。有耶無耶にしてはいけない。


※この記事は2018年5月23日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

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