アンフェアな扱いを受けた時に考えること

不公平溢れる世界

公平、公正であることは紛れもなく美徳である。尊重されるべき考え方であると同時に、人間性の根幹でさえある行動理念だ。 でも現実はどうだろう。そこかしこに溢れる不公平を「我慢」で乗り切っているのではないだろうか。

なぜ、「我慢」で乗り切るのか。あるいは乗り切らなければいけないのかを考察することはこれらか日々複雑化していく時代において自分や自分の大切な人を守るために、必要な資質と言える。

今後さらに激しさを増すアンフェアな待遇。

サービス残業、低賃金労働、などはその典型でいわゆる「足元を見られる」ことによっていいように使われてしまう、使われている人は非常に多い。

そしてそれら「いいように使われている人」というのはハッキリ言ってちゃんとモノを考えていない場合が多い。 そのくせ、口だけは一丁前で、自分より弱い立場の人間にはめっぽう強かったりする。

なぜそのような待遇をされるのかを真剣に考えないからそれから抜け出すことができない。不満をぶちまけることは出来ても、「解決」出来ない。

でもそろそろ解決しましょう。それはとても良いことに繋がります。

具体的には今の職場や環境で「なにが不遇で不満なのか」をしっかりと見出すこと。そしてそれを解決・解消するためにできることに最優先で取り組みます。

そして自分なりに戦ってみた結果それらを解消できないという結論に至った場合はスパッと辞めましょう。

なにが不遇で、それに対してちゃんと戦ったのであれば転職の際にそれが仇になることはありません。

大切なのは「ちゃんと戦ったか」です。

相手方に非があることが明確なのにそれによってあなたの評価が下がることはあり得ません。

アンフェアであるとあなたが正確に感じる以上、相手は過分に得をしているということ。 それは本能的に納得のいかないことなのです。


不当な扱いを受けたからといくらあなたが考えてもただ怒りに任せて行動するのならほとんど相手にされないでしょう。

「なぜ」そうなったのかを考えることから始めるのが正しい手順です。

物事をアンパンマンとバイキンマンに分けることは、子供でもできること。

どちらに正義があるのかをきちんと把握し、パンチじゃなく、頭を使って(頭突きじゃない)解決する必要があるのです。

それらを面倒だなとか、仕方ないと思うならば、アンフェアに対して不満に思うべきではありません。 犯罪を含む要件でない以上、それに対して声をあげないというのは、「沈黙という名の了承」なのです。

ぐちぐち言っても格好悪いだけ。

ボランティアではないビジネスの世界で、残念ながら意思を持たない人間は道具として扱われてしまうということ。自分の頭で考えて、人のせいにせず、即行動を起こすべきです。不満なら。

今後この格差が今までにない幅で広がって行くでしょう。

日本にもスラム街が現れる日が来るのかもしれません。爪弾きにされた人たちが傷を舐め合うようになってしまうのは最大の懸念事項。

そこに生まれる溝の深さを想像すると戦慄してしまいます。

政治家は常に自己保身。新米巡査が同僚の頭を拳銃で撃ち抜いちゃう日本。

何かが変わってきています。


※この記事は2018年4月13日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

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