偶然という必然 たまたま何かが起きる時

偶然とかたずけ続けることはもったいない。

偶然。たまたま。よく耳にしますが、それって本当にものすごく勿体無い場合があります。

本当にそれが偶然だったのか考えたことはありますか?

ガリガリ君であたりが出たことがある人は割と多いと思います。まあ「当たる」って表現があれですけど、それを偶然と考え、片付けてしまうのは勿体無いと思います。

たまたま信号に捕まらない。

車で移動している時ずっと青の時がありますよね?

「ラッキー」程度にしか考えていないはずですが、もしそれが意図的に青ばかり通過できるとしたらどうでしょう。

とても嬉しくないですか?

なぜ、信号があるか、それは簡単にいえば2つ。事故が起きないため・渋滞を軽減するためです。

交差点で通行を制限することで事故を防止しています。

そして、一帯の制限速度と通行量から赤の時間と青の時間を決めることで、渋滞の緩和を促しています。

この辺りでおや?っと思った人は勘が鋭いです。

つまり、毎日走る信号の赤から青の変化時間を知っておくと不思議と引っかからないようにできてしまうのです。(厳密には時間帯や季節によって若干の増減があります)

偶然引っかからなかったのではないのです。

理由がわからない出来事を偶然と決めつけてしまうのはあまりにも勿体無い。


ありとあらゆる可能性を捨てながら生きてきたはずなのです。

子供の頃「何も知らないということ」と引き換えに「ほぼ無限」の可能性、あるいは選択性を持っています。が、うわべの知識が増えるにしたがって、あまり考えもせず大切な可能性を捨ててゆきます。

そして、クッソどうでも良い理由で進学し、箸にも棒にもかからない仕事に一生を捧げて大切な時間を食いつぶしていきます。

最後の最後、今際になって気づくか気づけないかというところ。

もっともっと自分を信じてあげてください。あなたはもっともっとなんでも出来るはずです。今あなたが立っている場所、やっていること。全てあなたが選んだ場所です。

誰かのせいではなく。あなたが選んでそこにいます。

それと同時にその場所に居続けることも、その場所から移動することも、あなたが選択できます。

生きていけばいくほど、自分を縛るものが増えていくように感じるものですが、それは自分で鎖に錠をはめているだけです。

誰のせいでもなく、自分で鍵をかけているのです。

偶然ではありません。


あなたが誰のせいにもせず、本当に望むのなら、できないことはありません。

時間の遅い早いもありません。

そして自分が本当にやりたいことなら、あなたは本当に全力で取り組むことができるのです。

「非常に複雑な必然の集まりや方向」が「偶然」であり、表現方法としての偶然とは全く意味合いが違うということを今からでも知るべきです。

あなたが自分のために生きる方法を考えることをやめた時、残るのはなんとも言えず虚しいもの、そのものです。

一番怖いのは人と比べて虚しさを当たり前だと感じてしまうこと。

まずは知ること。そこからです。


※この記事は2018年2月13日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

ぜひこちらもお読みください 資金調達の方法 魅力的なプレゼンテーション


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA