家族のこと リスクと準備と決断と展望

カッパ・バカ猫・犬コロ

我が家には寝食をともにする家族が僕を入れて4いる。僕は独身だが、カッパとの付き合いはまあまあ長い。(カッパは奇しくも人間の女だ)カッパは僕が現在の法人を立ち上げた時よりもちょっと前からだからもう丸4年近くになる。僕の決断にちゃんと付いてくるなかなかいいやつだ。 バカ猫は以前の記事でも書いたが人から引き取った猫だ。年齢もちゃんとわからないバカ猫。でもこいつもとてもいい奴だ。そして先月犬コロがやって来た。ペットショップで随分前からこちらを見ていた生後6ヶ月のトイプードル。最近は毎日乳歯の生え変わりに直面し、歯がむず痒いようで変な顔をしている。

attention*

本記事には大きな地震それに付随する描写が各所にございますのでご了承ください。

昨日家で作業をしている時、

割と大きな揺れを感じた。一番最初、揺れ始める直前に気づいたのはバカ猫だ。「大きい」と自覚したくらいで遠くで犬コロも吠え始めた。

とっさに色々なことが頭をよぎった。カッパは仕事に行っている。

今年の頭に現在の住居に越してきた我々だが、意思決定は僕に委ねられている。当然リスク管理も僕の役割だ。 が、あれだけ恐れていた災害への対応準備を怠っている事に気づいた。

とにかく家を出たがらないバカ猫、まだリーダーウォークもままならない犬コロ、職場にいるカッパは以前の約束を覚えているだろうか。(カッパには僕に行き先が伝えてある場合はそこを動くなと言ってある。 そこがもしもダメなら最寄りの避難場所に行き僕が到着するまで待てと)

問題は起きてから解決するのは本当に難しいものだ。割れてしまったガラスは元に戻せない。 だからテーブルの端にコップが置いてあるとハラハラする。

昨日我々がのんきに夕飯を食べて団らんし、酔っ払って眠った。眠れたのはただの「運」という事になる。

なんとも馬鹿げた話だ。

子供に赤いボタンのついたマッサージ機を握らせ、その上にあるような日本という土地に住み、地震に対する準備を怠るというのは、窓から土砂降りの景色を見た後で傘も持たずにタバコを買いにコンビニに行くくらい馬鹿げている。


 

若い頃起業し、初めて内装のデザインから全て手掛けたショップをオープンした年、僕は大地震に見舞われた。

午後5時くらいだったと記憶している。地震なんて良くあることくらいの認識しかなかった僕は一瞬何が起こったのかわからなかった。みるみるうちに4層の塗装を施したショップの壁面にひびが入り、気づいたら外に飛び出していた。(お客様はいなかった) 繁華街の路面店だったのだが外には多くの人が出ていた。そしてビルに囲まれた空を見上げた時の景色は今でも忘れられない。建物が等身大のコンニャクのように揺れ、こちらを取り囲み見下ろしているのだ。 あとは「音」今まで聞いたことのない奇怪な音。 脳みそが脊髄反射で危険信号を出すような大地の悲鳴。

結果その時、僕がいた街での被害報告はなかった。ヒビは入ったが。

揺れが収まり事務所に戻ると18時出勤予定になっていた社員から連絡が入った。大きな地震で道路が完全に止まっている。と。そしてどうやら震源が遠く離れた「実家」のあたりのようだと。

彼は本当にこの世の終わりなのではと言わんばかりにパニックになっていた。

とりあえず、近くまで来ていたので何とか迂回して事務所に来いと言った。それまでに情報を収集すると。

たまたま行政の上の方の人にホットラインがあったので、すぐに架電。するとやはり震源は彼の実家の直下だった。

彼が来た。鬼の形相。とりあえず座らせ、僕の考えを伝えた。

すぐにでも向かいたいと言う彼に、自衛隊に災害派遣要請がなされ、道路は封鎖される。 これから一度アパートに戻り、車いっぱいに水、食料を買っていつでも出られるように待機してくれと言ってお金を渡す。

そして24時くらいに行政の人と再び繋がり地元の人の通行は証明できれば許可されるとの情報を得た。だが道路は至る所で分断され、隆起・陥没しているとのこと。

彼は言うことを聞き、アパートで待機していた。今聞いた話を伝えるとすぐに出ると言う。家族との連絡は未だ一切つかないとのことだ。

最後に冷静の大切さを伝え、気をつけて欲しいと送り出した。


ここからは後日談だ。結果として彼の家族も家も無事だった。が、車いっぱいの水、食料を持って何とか到着した彼が食事にありつけたのは何と3日後だったと言う。

近所の集落は完全孤立の状態になってしまい、物資の配給も滞りお年寄りや子供、女性に優先的に食事させたのだと。

地震の夜から、あらゆる場所で略奪行為が行われ、若い女性は狙われた。

そして犯人を目撃している色々な方面の共通見解はそいつらを「よそ者だった」と証言している。

報道では絶対に語られない悍ましい話。真実の話。


我々が日々無自覚に享受しているインフラも環境も治安も全て金魚すくいのポイのような強度しかないのである。 地獄の釜の蓋は随分と軽い素材でできているのだ。

備えあれば憂いなしとはいうが、それでも地球の野郎がヘックシュンとやるだけで我々などそれこそ紙くず同然の様となる。

しかし、みんなを救うことができなくても、それぞれの家族内で会議をして共通認識を持つことで、それは「最小限度」まで縮小できると僕は考える。

家族 と言う単位で自覚を持つことが、人間にできる精一杯なのだ。

一家の長としての自覚。 反省とともに再認識します。


※この記事は2018年5月18日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

ぜひこちらもお読みください 「知らない」 ということを、知ることから始める


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