鶏口牛後 今も昔もこれからも不変のリーダー論

偉ぶるためではなく、必要なスキル

現在地球上の意思決定の最小単位は「個人」ということになります。より多くの成果や結果を生み出そうとする時、人手があったほうがコストもかかりますが、より簡単に成果や結果は生み出せます。 その結果世界にはありとあらゆる業種の企業が誕生し、資本主義社会の根幹を揺るがないものにまで押し上げ、確立しました。

それは生産的に生きようとする上で当然の成り行きとなり、確実な格差の温床となっています。その中で上位に位置し続けるための基本的スキルは「意思決定ポジションに可能な限り近い場所に居続けるということ」だと思います。

幼少期からスタートしている

人間がこの世に発生した時から不変のこの道理に関して、熱心に指導がなされているかというと、甚だ疑問が残ります。

小さいときの世間というのはせいぜいご近所さん止まり。その中で歳が近いお友達と遊ぶのがメインのライフワークとなりますが、「今日は鬼ごっこをしよう」と意思決定するのは、そのコミュニティの中ではいつも同じ子供が担当するはずです。

理由は多々あるでしょうけど、なぜかそうなります。そしてそれに追従するお友達は無自覚な場合がほとんどです。

小学校に上がると、クラス分け、班分けがあります。 クラスはちょっと大きいですけど、僕の通っていた小学校では1班は4人でした。 お昼休みには机をくっ付けて給食を食べたり、班単位の輪番で給食当番をこなしたり、放課後の掃除も班単位で持ち場のローテーションがありました。 そしてその「班長」というものがおそらく最も最初のオフィシャルな役職でしょう。

なせだかわかりませんが、僕は1年から6年までずっと班長でした。学級委員長も面倒になった4年生まではずっとやっていました。そしてなぜか毎年の運動会の全校生徒参加のブラスバンドの主指揮者に4年から6年まで抜擢されました。

放課後もあちこちから遊びのオファーが舞い込み、気乗りするプレゼンテーションを選ぶだけの王様状態。いわゆるガキ大将ですね。

その後、社会人になるまでずっと学校ではあらゆる特別待遇を受け続けてきました。

客観視するとおそらく僕が幼少期から「旗振り役」のポジションに常に居続けたということだと思います。

意見収集をし、意思決定、行動、トラブルの責任取りを担うことが当たり前でしたし、それが信用や安心に両替されていたのだと推察できます。

僕は今まで小学校の構成人員4人の班長スタートで、社会人においては社長職まで経験しました。

今まで僕はずっと「小規模組織の代表」です。


父からもらった教え。

田舎生まれ、田舎育ちの僕に父がくれた言葉が鶏口牛後でした。

大きな組織の下っ端よりも、小さくてもいいから責任者たれ。

それは一個人がたった一人でも戦い抜くための処世術。僕は軍隊よりも特殊部隊が好きです。少数精鋭バンザイ。

拙い連携は混乱を招きます。だったらスタートはなるべく声の行き届く規模でなくてはいけない。

自転車が乗れないのにバイクを運転することはできませんし、いくら大は小を兼ねると言っても大を構成しているのは紛れもない小なのです。

個人の力を最大限に高めるための方法は旗を振り続け、責任を取り続けることです。

その経験が確かなものならば、大きな組織で長になってもその手腕を遺憾なく発揮することができるでしょう。

 

それでも圧倒的な物量の前には少数精鋭の組織など、為す術もなく敗れ去るのもまた事実。

しかし個人として必要な極意はこれなのです。それはどんな組織でも必要とされる学校では教えてくれないスキルです。


※この記事は2018年4月11日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

ぜひこちらもお読みください セブンスターとのお別れ タバコのない生活


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