一番苦しい選択を選び続けられるか リターンの話

楽な道は常にある

「若いうちの苦労は買ってでもしろ」は誰でも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。 その真意は失敗が致命的なものにならない可能性が高いからであり、挑戦するということを早い段階で経験しておくことで、将来リスクを管理しなければいけない段階にきたときに、より柔軟なアイディアや選択肢を発案できるようにするためでしょう。

なぜか最もリターンが大きく継続性がある

僕の経験に基づくことですので標本はあまり多くないですが、商売を始めて15年間で楽な手法と苦しい手法、色々やってきましたが、リターンが大きく継続性があるのは断然苦しい手法を選んだものでした。

10の工程を経て販路に載せることのできる商品をちゃんと10の工程で完成させたときと、省けると判断して何工程か省いたもの。明らかに売れ行きが違いました。

楽になるために省くのではそれはサボっているだけ。例えば10の工程、ひとつひとつを日々見直して効率を高めたりすることはここでいうところの省くとはもちろん違います。

今までは情熱を傾けて商売に取り組んできました。そして後から振り返ったときそのビジネスが工程を省いたものだったのか否かを分析してきました。

そして現在はあらかじめ「わざと苦しい道を日々選択しながら商売に取り組んで」います。


習得した極意や技は検証を経て本物に変わる。

小さい頃父に空腹を伝えたとき「台所にあるもので何か作って食べなさい」と言われました。

僕はいつも父が作っているチャーハンを見よう見まねで作って食べました。

玉ねぎはほとんど生だし、味は薄いし、ご飯はダマになっている。台所もぐちゃぐちゃ。

それを見た父は「美味しいものをを食べたかったら、面倒臭がるな」と言いました。

僕は一刻も早く空腹を満たしたくて急いで調理し、必要な工程をいくつも飛ばし、結果出来上がったチャーハン。

確かに空腹は治まりました。がそれで良かったと言えるのか。

その父の言葉は色々な場面で僕を助けてくれた大切な言葉です。

そして僕は現在、意図的に面倒な方法で取り組んだときの結果について研究しているのです。 もちろん効率は重視します。が必要なピースを飛び越えないように。

ちゃんと玉ねぎにじっくりと火を通すという意味です。

人は成長とともに経験値を得、「判断」という独自のサボりを加えながら勘違いを繰り返していくのだと思います。

「基本が大切」「初心忘れるべからず」昔の賢人は常に世界中で示し合わせたように極意の言葉を遺しています。

そして本当の極意に到達するとき、人は自分の体が老いていることに気づくのです。

でも、遡ることは絶対にできなくても、時間は手前に引き寄せることができます。

自分がそう思うことが僕にとってはとても大切です。

先人の教えに敬意を払い、自分なりの解釈で、律して取り組むのです。


このブログも随分と苦しみながら毎日綴っています。 何も参考にせず(辞書は引きます)自分の頭に浮かんでは消えていく言葉の尻尾をなんとか捕まえて、ポツリポツリと紡ぎます。

でもそれこそが、面倒な道。しかしまぎれもないオリジナリティもそこからしか生まれません。

僕の大好きな作家さんの文章で

「今日も空は青いか?当たり前のことをいうな」

というのがあります。 空を見上げ 空が青いのは当たり前。それは非常に簡単な作業です。 そんなものに価値はありません。

検証を続けます。


※この記事は2018年3月29日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。 陳腐な正義感 インフルエンサー達の葛藤


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