先輩風 の吹かせ方? 双方からの視点

うざい先輩・ムカつく後輩

これはもう永遠のテーマですよね、あらゆるところで上からでもしたからでもピーチクパーチク不満が出ています。

たったひとつ関係性の把握とリスペクトがあればこんなにトラブルは起きないのですけど、これは解消できる類の問題ではなく、「問題とどう付き合って行くか」に重点を置くべきなのかなと思います。

だって関係性でくくれば世界には数十人から100人程度の知り合いと、76億人の「他人」がいるんですから。みんなが「お前なんか知らねえよ」となるのは無理のない話。

ものをたくさん知っている人は偉そうにする。

最も無自覚に上からものを言ってしまうシチュエーションは大人が子供に対してです。

それは「子供が知らないことを大人はしっているから」であり、あまり深くものを考えない子供たちはそのことをあまり不満に思いません。(たぶん)

しかし、問題なのは「深くものを考えられる人間に対して」上からものをいうケース。

これは知識、経験レベルが高い方が低い方に対して行ってしまう場合がほとんどで、大抵の場合やられた方はムッとしてしまいます。

これはもう完全に上からものを言っている人に配慮が足りないのであり、そこに「相手にムカつかれても構わない」という確固たる?意思があります。

主にこういう風に人と接してしまうのはシニア勢に多い気がします。

頑固なのは結構ですけど、頑固とは崇高で硬い意思であり、たいていの頑固おやじの理屈は新しい考えを1から学びたくないわがままだということですね。

その結果、理不尽な要求を反抗できないとわかっていてやるのだからタチが悪い。

新しいことを1から学ぼうとすれば下の子たちよりも更に下から始めなければならないので、心理的ブレーキがかかるのでしょうけど、それでは誰からも相手にされなくなってしまいます。


礼を欠く相手に礼を尽くす必要はないが、

これは上からだろうが下からだろうがうまかろうが下手だろうが店員だろうが客だろうが関係なく、相手に対して一定のリスペクトをもって接することが絶対的な方法であり、鉄則です。

僕の大好きな先輩たちは皆礼をもって僕と接してくれます。助言や叱咤の時でも一定の礼をもって接してくれます。

奢れるものは久からず その通り。誰にも相手にされず消えて行けば良い。


教えてもらえるのは当たり前ではない。

ムカつく後輩に多いパターンとしては親でもない先輩に対して、自分がわからないことを教えてもらえるのは当たり前だと、勘違いしている人が多い。

断ったり、渋ったりすればもう怒るかふてくされます。

こういう手合いはだいたい態度がデカイです。それはまさしく虚像であり、実態のない現在の株価のよう。

小型犬が大きな声で吠えるのは自らに戦う力がないことを自覚しているから。

そして、認めたくないのだと思います。

この世の中に当たり前のことなどないのだと考えた方がいい。

人が施してくれることは須らく尊いものであり、感謝に値する。

「わからない自分を恥じて教えをこうべき」であり、「知らないのは当たり前だ!」なんて恥ずかしい理論は捨てるべきなのです。

双方歩み寄り、リスペクトをもって接する。ただそれだけだけど、実に難しい。

今日もいろいろなところで浅はかな者たちがちょっとした怠りからストレスを撒き散らします。


少なくとも、相手が礼を欠く人物だとしても、あなたがそうなる必要はありません。

バカと戦うならあなたもバカなのです。

 

バカは放っておけば多少はうるさいですが消えてゆきます。


※この記事は2018年3月6日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

ぜひこちらもお読みください 批判の受け入れ方 客観視する癖をつけということ


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