新人教育の季節 何が正解かを求めることの危険性

優秀な新卒

今年もこの季節がやってきましたね。長い学生生活を終え、期待?に胸を膨らませて御社にも多くの新人がやってくることでしょう。

右も左もこれから学ぶ彼らは私たちが知っている彼らではないと自覚されている方も多いかとは思いますが、僕が思うに今現在起こっていることというのは、歴史上無かったことで、新しいスキームをもって取り組まねばならないことです。

そして必要ならば毅然とした態度で、この風潮を是正する必要があるのかもしれません。

この現状は必然

世代的に甘やかされた親が甘やかして育てた子供が現在の新卒です。そして、さらにインターネットの爆発的な発展の中、中高生の一番多感な時期にインターネットに触れていた世代でもあります。(この後には言葉も話せないうちから、の世代が控えています)

インターネットに溢れる情報のほとんどは、責任を伴わないもので構成されています。つまるところ、利用者に責任が委ねられるわけで、彼らは確かな判断力も経験もない状態で、自分にとって都合の良い情報だけを取り込むように癖づいてしまっているのです。

そして相手を批判することは得意でも、自分が火の粉を浴びることに対する耐性を全く持ち合わせていません。

匿名文化の権化のような存在であり、他人を攻撃するときに相手からの反撃を想定できない傾向にあります。

そしていざ、攻撃されたときに正しい方法で応戦することができません。

社会に出るとは人生最大のターニングポイントです。

それは保護者の管理を外れ、責任の伴う実世界に初めて出るということ。

学生時代のプライドがいかに陳腐なものなのかを自分で、あるいは教育担当の先輩に教えられ、その伸びきった鼻っ柱を折る所がスタートライン。

虚像の慢心に溢れる状態で人は新たにものを修めることはできません。


0か100しかないのかもしれない

使えるか使えないか。判断にあまり時間がかからないというメリットはあるのかもしれませんが、さすがに面接だけで見抜くのは難しい。

以前の記事でも書きましたが、よほどの大企業でもない限り、そうまでして危うい人材に頼ることは難しいでしょう。

ニコニコと「採用」の為だけに面接に臨む。入社後は「簡単にクビにできない」のを良い事に、、

 

僕は今日の記事を書こうと決めたときに、なんとか良い方法はないか、そしてあまり絶望的な感じにならないようにできないかと考えておりました、ですが

どうやら未だ糸口さえつかめていないようです。

手入れや修理のできない道具のようななんとも言えない歯がゆさを感じています。

昨今「ネグレクト上司」なる言葉が生まれ、頭を抱え、どうしたら良いか答えを見出せない上司を非難する風潮が生まれつつあります。

「教育放棄」 彼らがお手上げなのはハッキリ言って仕方がないと僕は思う。

いうことを聞かない人間を教育することはできない。上がらない生産性を咎めるとき、ペナルティを与えることも語気を強めることさえ許されない。食事をともにすることもままならず、残業も休日出勤も頼めない。

いります?そんな部下。

もちろん、なんとか解決せねばならない問題です。

ですが、現状僕には思いつきません。

僕に唯一できるのは将来子供を授かったときに、きちんと教えてあげることです。

 

 


※この記事は2018年3月23日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

ぜひこちらもお読みください ポジティブな雰囲気・ネガティブな雰囲気


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