長時間労働 本当に悪いのは企業側でしょうか

長時間労働 考えを見直す

言われるがままに長時間労働をし、月給を時給にならすとびっくりみたいな話は非常に良く聞きます。

でもそれって自分の労働力を安売りしている、あるいはそのくらいの金額でしか売れないのかもしれません。

世間的に色々な労働問題がクローズアップされている今、改めてご自分の価値について考えてみる良い機会かと思います。

待っていても基本的には改善しない。

もしも長時間労働を取り締まる動きが今後強くなったとしたら、単純に企業の利幅は圧迫され、利益体質が健全でない企業は現状の雇用を維持できなくなります。

言い換えれば現在のお給料の原資は長時間労働の末計上された収益から捻出されているのであり、企業側はおいそれと「給料据え置き・労働時間減」とはできません。

デフレ経済は商品の価格だけにとどまらず、労働力単価をも下げていたということになります。

牛丼は300円で食べたいけど給料はたくさんもらいたい。という考えは僕個人的にはどうなのかなとどうしても思ってしまいます。

企業は保護者ではないので、利益を産まない労働力などは全く必要なく、ピーチクパーチク的外れな戯言を主張するのはだいたい無能な社員だったります。

「会社組織として利益を最大化し、貢献度順に配分を享受する。」

その原則は絶対に揺らぎません。

つまり、長時間労働・低所得から脱却するためにはまず、個人単位の意識改革が必要であり、個人が客観的結果をもって十分貢献しているのに評価されない場合、初めて労働力の対価の矛盾を主張できます。そしてそのようなケースの場合、会社としては優秀な人材を失うわけにはいかず、前向きに交渉が進むこととなります。

商売とは常にそういうものであり、ボランティア活動ではないのです。

誰も助けてなどくれません。

自分を分析し、売り込む必要性は今後ますます強いものになっていくことになるでしょう。

現在国会で話し合われている「働き方改革」は本当に重要な案件です。

それは地獄の門が開く瞬間なのかもしれません。

ひとりひとりが意識改革することでしか、解決しないであろう問題なのです。

当人たちに相手を批判する器があるのか甚だ疑問です。

まずは自分を分析して値札をつけましょう。話はそれからであり、その価値は正しいものならば必ず認められるでしょう。

終身雇用などとっくに破綻し、転職が仇になる時代はとうに過ぎ去っているわけです。会社の愚痴を金曜日に居酒屋で爆発させる時間をもっと自分の将来のために使うべきではないでしょうか。

壮大な椅子取りゲームはすでにスタートしています。

時間は無慈悲に過ぎ去って、気づいたときには「意識的に動いた人」の背中すら見えなくなっているのではそれこそ取り返しがつきません。

 

虚構ではなく実像のあなたの価値はいくらですか?

そろそろ時間が迫っています。


※この記事は2018年2月21日に投稿したものとなります。おかげさまで読者様が増えて参りましたので、今後定期的に過去記事をご紹介させて頂きます。

TALK BACK  読者様の暇つぶしになれば幸いです。

 

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