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マナー 礼儀 人付き合い 他人との接し方 品格

対人情報交換の必要性が薄れています

みんなわからない事があればすぐに手のひらの中にあらゆることをあらゆる角度から教えてくれる道具を使って知る事ができるようになりました。

以前東京では隣に誰が住んでいるのかもわからないとよく言われていました。

最初は都心部で起こっていた事がいまでは日本全体。

そして外に向いていた目線はいま手のひらを眺める行為となりました。

無意識に他人と関わるのは最小限という風潮

人間は意識的にも無意識的にもメリットを求めて行動選択します。

以前は人と関わる事で情報収集や情報の補完が必須だったのです。(メリット)

それを怠ると地域から疎外され生活に支障をきたす恐れがありました。

しかし現在はその必要性に駆られる事がほぼなくなったのでしょう。

昔はコミュニケーションが必須でした。その副産物として、コミュニケーション能力が自然と培われていたのだと思います。

ガラケー世代から上の人とスマホ世代では明らかに語彙力が違います。

いいんだか悪いんだかって感じですが、コミュニケーション能力の欠如ってのは非常に深刻です。

自分が何を考えているのか相手に伝える事が苦手ってのはどんなに素晴らしい能力を持っていたとしても自分を高く売る事が難しくなってきます。

山ん中のアトリエにこもって油絵を書いて、書き上がる尻から売れていくようなケースというのは非常に稀です。

それこそ合理的ではないです。

自分の殻にこもっていて楽しいのは当たり前ですが、資本主義社会の中でまともに経済活動をするのであれば、人と関わるというのは必須です。


挨拶も礼儀もマナーもどこかに行きました。

匿名性というのはよりリアルな意見を集めるためには非常に有用ですが、匿名であるがゆえにないがしろになるのが、本題とは関係のない、礼儀やマナーの部分です。

人生の大部分をカオナシとして成長してしまった彼らに責任感がなく、礼儀も知らないのはもはや必然であり、その危険性を排除する行動を起こせなかった世代には責任が多くあると考えています。

一度形になってしまったものを後から改変するのは非常に難しいのです。

ですが依然として世界は礼儀とマナーで成り立っているのです。

いくら嫌でもそういう世界で生きるしかないのです。

少なくとも自分が期待する人物には嫌われてもいいから礼儀やマナーを説くべきです。

無礼が当たり前になった日本に、世界に誇れるものはなくなってしまいます。

極東の小国が世界に誇るこの素晴らしい文化は何においても優先されるべきです。

 

ぜひこちらもお読みください。 モンスター部下 調子に乗って責任転嫁を当たり前とする風潮


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