今年の漢字 もネガティブなものに

災 

14年ぶりに「災」が帰ってきた。僕が物心ついてこういったニュースが記憶に残るようになってからポジティブな漢字など「金」くらいじゃなかったか。決定方針もやんわりしかないこの「今年の漢字」だが存分に日本人らしさがうかがい知れる。1年の計に向かうこの時期に「反面教師」を用意する徹底ぶりということか。

楽観・希望

この辺は日本人が苦手とする分野なのではないだろうか。確かにリスクを啓発し続けることは大切だけど、「守り」に重きを置く国民性はこの風潮に大きく起因しているように思えて他ならない。 肝心の「攻め方」がわかっていない人は本当に多い。守りが悪いといっているわけではなく語弊を生まないようにしたいがなんでもバランスが大切だ。押し引きは常に極意となり、戦況を左右する。日本人が苦手な愛や救いなどに活路を見出す欧米諸国の方が豊かな理由はこの辺にもあるのだろう。

気分が滅入ってしまうような言葉、文字、などはそのまんま体を硬化させてしまう。じゃんけんも「ぐー」しか出せなくなってしまう。立っていても腕を組んでしまうだろうし、まっすぐ人の目を見ることもままならない。 商談もリスクの部分が心配で大胆な作戦を取れずに敗北し、人事も慎重に、投資も慎重に、、悪循環を生み出し、発展させていく張本人こそこの硬化だ。

スポーツでも格闘技でも芸術でもビジネスでも「柔」は強い。基本的に硬が柔を下すことはほとんどないのだ。

息を止めながらできることには限界があるのだ。真のプロは鼻から息を出しながら動く。脱力こそ最速と経験上知っているからだ。

僕はどんな年だったとしてもポジティブな漢字を選出するべきだとこれについては常に思ってきた。 別に生活に影響するわけでもないただのイベントだ。 それでも人の脳裏に硬化をもたらすようでは本末転倒なのではないか。

いろんな意味を込めてポジティブに変換して欲しいのだろうし、意図は組めるが、そんな風に思慮深く物事を捉えられる人はそもそも困ってなどいないのだ。額面通りで受け取る人が闊歩するこの国でこのやり方はまだ無理があるように思えてならない。