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時間 を追い越しながら生きるということ

当ブログで何度か触れているが

やはり我々の資源、あるいは資産の中で最も重要で高価なものは時間だ。時間があればなんでもできる。そして時間がなければ何もできない。時間というのは人間が勝手に決めた物差しだが、多種多様な物理法則を考える上でこの「時間」という物差し抜きには人間風情の頭では処理しきれないのだ。 そしてひとつの結論として人間というのはこの稀有な資産を「無駄にする」ことに非常に長けているということに気づいている人は少ない。

重要性は分かっていると口を揃える。

たまの休みにダラダラと過ごすのはこの上ない充足感と罪悪感をきっちりとセットでもたらしてくれる。こんなにも貴重な資源をただ消費しているだけなのだから当然と言えば当然だけど、だからこそ勿体無い気持ちになってしまう。どちらも完全に正解と言える。

だからと言って明日から全国民、あるいは世界中の人々が目覚めて意識的に時間を「大切」にしたとしたら。本当に冗談ではなく、年明け早々に火星に人間が降り立っている映像が配信されるだろうし、化石燃料をもくもく焚いて発電することも、海に魚よりプラスチックが多いなんて馬鹿げた状態も解消され、ブクブク太った人もきっちり理想の体型を手に入れるだろう。

これは事実だと確信する。 それだけこの資源には価値があるのだ。みんなわかっているフリをしているだけだ。


時間の重要性を現実的に感じてみる方法は多々あるが、一番簡単な方法をひとつ。それは明日やる事、あるいは明日やるでも良い事を今日の事が終わった後にやるということだ。(コトコトコトコト)

そして今日から見た明日はさらにその先の事をやる。もちろん相手がいる事の場合日時が指定されていれば仕方のない側面もあるだろうが、それでも今日できることは驚くほど多い。

「明日でも出来ること」ではなく。「今日でも出来る」に変換するのだ。それによって明日の余った時間をちゃんと明後日のために利用する。

これが時間という資源の最も有用な取り扱い方だ。

このスキルが身についている人はまず間違いなく成功者として扱われる。そして不思議なことにヘトヘトになることもなくなる。

時間とは追いかけられるととんでもないプレッシャーと疲労をもたらすが、追い越してしまえばとてつもない余裕をマージンとともに生み出してくれるのだ。

そして追い越すのは簡単だ。実に、非常に簡単だ。

 

100人いれば100人の生き方がある。しかし時間の追い越し方は共通なのだ。人間は時間を消費しなければ物事をなせない。ガソリンが少なくて済む車に一生懸命になったり、隣町のスーパーまで十円の差額のために出かけていくなんていうことは馬鹿げている。

「時間を追い越し続ける生き方」の重要性がほんの少しでも伝わればいいなあ

いかがでしょうか。

 

ぜひこちらもお読みください 一度にたくさんのこと はできないが


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