顧客満足の本質とはどういうことなのか

無知な顧客ほど、致命的に厄介である

商品やサービスを提供する側になったことのある人ならば(たとえ間接的だったとしても)顧客のクレームや不満足に対面したことは1度や2度はあるだろう。そして「この人の言っているクレームはこの人の理解度が低いことに起因している、あるいは注意書きをちゃんと読んでくれていればこんなことにはなっていないだろうに」と。別にそんな風に分析しなくても、「嫌な気持ちになったことがある」というので十分だ。

マニュアル化された対応は

マニュアル化された対応はそういった無知な顧客の「怒り」に存分に油をそそぐこととなるだろう。なにせこの手の顧客というのはリアルタイムに怒りながら、振り上げた拳の行き先を後から考えるような向こう見ずなところがあるので非常に対応に困る。本来クレームを受けるような案件ではないものでも烈火のごとく怒り続ける。

では果たしてそういう顧客は切り捨てて良いものだろうか。それは確実に違う。無知で無自覚な顧客ほど数が多く、簡単に切り捨てることのできないのだ。

彼らはほとんど自分の頭でものを考えず、その上自分の物差しをあてて世界を測る傾向にある。そして数も非常に多い。 企業としてはその絶対的な数の前には残念ながらひれ伏すしかないのが現状となっている。

世界の中で限られた企業のみ「顧客を審査し選んでいたりする」が、軒並みそういった企業の扱うサービスや商品にはものすごいプライスタグがぶら下がっているだろう。

数ではなく単価を上げて商売に取り組んでいるのだ。ちなみに両者のあげる利益は大した差が生まれない。

要はバランス。どういった層を相手にするのかという実にシンプルな思考だ。

 

顧客満足は昔から「顧客の理解なくしては達成されない」と信じられてきたし、実際にそういった側面もあるだろう。でもそもそも顧客に深淵なる理解など期待するのはどうかしているのであると僕は思う。熱狂的なファンは自分が好いたものをあらゆる角度で理解しようとするだろうし、愛してくれる。しかし、ものを考えない顧客は隅田川のクラゲのように一定の場所にいない。絶えずゆらゆらと漂うかのようにあちらこちらを行き来する。

そういう大多数のうちの過半数を「ふわっと納得させること」こそ現代の顧客満足なのではないかと、考えている。

実に不本意で悲しいことだが、時代がそういう流れならその流れに合わせてマーケティングプランを組むのが正解となるし、勝ち抜くためにはそれしかない。

「顧客たちが享受するのは明らかな損失だとわかっていても」それは仕方のないことなのかもしれない。

 

 

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