スカッと晴れる空 達成するということ

もやもやとした気持ちが晴れる瞬間

なんでも良いが取り組んでいる事柄、あるいは取り組まなくてはいけない事柄を「完了」するためにはほとんどの場合紆余曲折が必要であり、大人になればなるほど立ち向かわなくては行けない事柄が煩雑、長期的な扱いとなっていく。人間の短い時間の中でついに「完了」することなく人生を満了する人がもしかすると大部分なのではないかなどど、ふと考えてしまうこともある。同時進行で重要度の序列あれど、老若男女須らく色々なことを抱えて生きているということか。

たったひとつでも良い

抱えているいろいろのうち、たったひとつでも「完了」するというは文句なしに素晴らしいことだ。思い出してみてほしい。ごくごくわずかのタスクのみしか与えられない学生時代のことを。 面倒な期末考査も終わり、7月下旬の終業式。午前から学校に行かなくてはいけないが、面倒な授業も移動教室もない。ただほんの少し校長の口から出る音に耐えるだけで、夏休みという無限にも等しい時間を獲得できるのだ。

終業式が終わり教室に戻り担任があれこれ言ってはいるがそんなことは耳に入らない。荒々しく荷物をまとめて夏の走りのスカッと晴れた空の下、校門を競い合って抜ける。もちろん昼飯を自宅で済ませた後の予定はきっちり埋まっている。「何時にどこどこ集合!」

その時の気持ちを思い出せない人はいないだろう。

胃の上あたりのもやもやなどない。最新式の空気清浄機を全開にしても取り払うことのできないそれを、当時我々は何も感じずにただ夏のひと時を無限に感じることのみに費やすことを許されていたということを。


たったひとつだけでも今ある問題や事柄を「完了」させてみよう。その瞬間だけは「あの時の気持ち」を確実に呼び覚ましてくれる。そしてそれ以外に積み重なった事柄に立ち向かうためのガソリンにさえなりうるのだということを言いたい。

人間は同時に複数処理することがどちらかといえば苦手だ。だから徒党を組んで戦う道を選ぶ(会社・社会) だから複数の事柄を同時に「完了」することができなくて当然なのだ。

ひとつひとつで良い。

それが「複数の事柄を完了する唯一の方法」といえる。

 

終業式の日の気持ち、何年感じていませんか?

 

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