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情報伝達スピード が増したのかバカが増えたのか

我々は基本的にニュースによって情報を得る

何当たり前のこと言ってんの?と思われるかもしれないが、これは地味に意識の外になっている人が圧倒的多数となっているだろう。昔々ちいさな村単位のコミュニティでの情報交換や伝達は基本的に「口伝て」となっていた。偉そうな書簡か何かが届いても町の「集会場」のような、みんなの目に触れ易い場所にて情報の共有や拡散をしていたに違いないのだ。

現代の情報拡散力や個人の発言の持つ力は絶大

リアルタイムに世界中に情報を送受信できる環境というのを昔々の人に説明しても全く理解してもらえないだろう。村八分にされるかも。。 しかし現代はそれが当たり前。

誰も彼も分厚かったり薄っぺらだったりするニュースをお得意の携帯端末で四六時中「摂取」し続け、何かを思ったり思わなかったりしているのだ。

「新聞を読む」「朝のテレビはニュース番組」なんてつい最近まで当たり前だった景色はもはや風前のともし火なのかもしれない。


−渋谷で軽トラ横転

見出しでそう見れば「交通事故か」と誰しもが思うのではないだろうか。しかし事実は調子に乗った若者が関係ないトラックをひっくり返したのだそうだ。しかも意味もなく。

「怒り」でひっくり返したのではなく「面白半分」でひっくり返した。

まあ誰がどの角度から見てもバカだなと思う事件(裁かれろ)だが、昔はそういったことは「なかった」のだろうか。

見聞きしないだけであったのではなかろうかと、ふと思ってしまった。

ニュースを提供している側はリスナーの興味を引くことが全てなのだからニュースのバリューにこだわるのは当たり前だ。 この時期にハロウィン、渋谷、〇〇とキーワードが出て〇〇の中を埋めてくださいといえばほとんど全ての人が「パニック」「事件」「トラブル」などを想起するだろう。

そこに来てそういう事件が起きればそれはまさに金のなる木となる。

情報の「鮮度」を気にする必要がなくなった現代においてニュースにはより一層のバリューが求められるようになったということか。

加害者も被害者もSNSで臆面もなく会話をし共感を求める今の世界。

バカが増えたと感じるのか、それとも前からこうで、表面化していなかっただけなのか。答えを出すのは難しいのかもしれない。

 

余談だが最近は産休を長く取るために待機児童だらけの保育園を希望し、抽選漏れをわざと狙う人が多くいるとのことだ。

企業も大変だなと心から思ってしまう。 自分の価値観でしか生きられないというのは実に勿体無いことだと僕はいつも思ってしまう。

 

 

ぜひこちらもお読みください 言われているうちが花 とはよく言ったものだ

 


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