意識の低下 が招くもの、それはとても深刻だ

あらゆるリテラシーが臆面もなく低下している。

僕は1日の中の数時間、世界中のニュースに目を通す。それは随分前からの習慣で、ビジネスとして、そして大切な趣味のひとつとしてルーティン化している。新聞を3紙購読していた時もあった。それを読み込まないと1日が始まった気がしなかった。僕の朝食は「ニュース」だった。もちろん堅苦しいものから、エンタメニュース的なものまでひととおり読むわけだ。

昨日のそれは結構衝撃を受けた。

それは、とあるエンタメニュースで家電量販店のスタッフへのインタビュー記事だった。

電気屋で扱っているものの中には白物家電だけでなく、割と専門的知識の必要な「機械」が取り揃えてあり、その機械が必要な人は自分で努力してその機械を理解する必要にせまられる。それ自体はなんてことのない当たり前だし、その努力は人間が一番得意な方の努力でさえある。

それが話題ではなくそのスタッフは「お客の理解度の低さ」を嘆いていたのだ。理解度は知識深度と言い換えて扱うのが一般的だがここで扱われたのはそんなものではなかった。「人間として大いに欠陥があるのだ」とかんじた。

ある客が光回線のことで店舗を訪れた。その客の家には3回線も光回線が引いてあるのだそうだ。なんでも旦那はS社の携帯を使っているのでS光。息子はDの携帯だからD光、娘はAの携帯だからA光。さらにパスワードを設定していないものだからその家から発せられるwi-fi電波を近所の家庭が使用しているのだと。無料で使えるwi-fiがあるのだから隣の家の奥さんは自宅の回線を「解約」したのだと。そして3回線光の家の奥さんに「あなたの家が解約するとうちが困るからしないでね」と言ったそうな。

別の客は近所の大型ショッピングセンターから飛んでくるwi-fiの電波がつかみづらくなったと苦情を言いに関係のないその量販店を訪れ、そのスタッフに詰め寄ったと言う。困り果て、その客に量販店のフリーwi-fiを教え、落ち着いてもらって帰ってもらったら、すぐに戻ってきて「店の外に出たら繋がらないじゃないか!」とものすごい剣幕で怒鳴り散らしたとのこと。

もうね、カオスにもほどがある。

納豆と豆腐の区別もつかなくなっていると言うことだ。wi-fiを「無料だ」と捉えていることだけでも十分アレだけど、存分に「それどころじゃない感」が半端ない。

一つの家屋に3回線も「工事してしまう」業者も業者だけど、本当にこんな人たちで埋め尽くされているのかと思うと、まともに外も歩けない。うっかり肩でもぶつかってしまおうものなら何を言い出されるかわかったもんじゃない。

僕のこの記事だって、「そうだな、確かにそう言う人が多いよな。それはやばいな」と思う人なんてほとんどいないんじゃないか。なんて思ってしまう。

腐ったみかんはもう取り除けないぐらいになってしまったのだろうか。

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