サードパーティー の躍進と闇について

純正品と社外品

現在ではサードパーティーに対して積極的に開発元の企業が製品やサービス情報を公表し持ちつ持たれつの関係性をなんとなくそれぞれが利用してやろうという腹積もりのもと一般消費者の見えているところや見えていないところで日々策略が巡らされている。社外品が本社の度肝を抜き、晴れて「正社員登用」された稀有な例(AMG)などもあるが、やはり信頼の面で純正品に勝る社外品というのもまた希少となっている。世間には粗悪品が溢れ、相乗効果を期待していた本社側が対応に追われるケースも少なくないだろう。

価格差を価格差と捉えてはいけない。

基本的に純正品は社外品に比べて高い。それは覆らない道理だ。ではなぜ純正品は高いのか。それは「信用」にプライスタグが付いているからだ。信用を「売って」いるからには、その商品なりサービスに不具合や欠点があった時にきっちり「責任」を取ってくれる。そこまでひっくるめての「純正品」ということになる。

対して社外品とは大きく二つに分かれる。一つは本社が「認めている」会社。もう一つは「勝手に人の褌を利用している」会社だ。

前者に関しては全く問題ないが、気をつけなくてはいけないのは後者だ。

特徴としてはとにかく「粗悪」な品が多いということ。そして「文句をつけようにも価格的に安過ぎて言いづらいような価格」で販売している。

これはつまり足元を見た非常に悪質なビジネスであり、開発にあたっての正式な情報提供を受けていなくても平然と「適合品」と銘打って販売をする。

これは限りなく黒に近いグレーな詐欺行為を断じても良い。

他人の名声を利用しそれのおこぼれにあずかろうとする企業は本当に多い。

「認定社外品」というブランドをもっと大きくアピールできるような改革がなされることを切に願う。

純粋無垢な消費者を食い物にするような企業は実体があったりなかったり、顧客満足など蚊帳の外。それは現代を象徴する「悪」だ。

なにかのセリフであったが「悪というのは常に我々の想像を超えてそこに居る」

まさに言い得て妙だ。

いちいち価格差に「不安の理由」を模索するようなタイプの人は最初からそういった品物を手にしない。

純粋無垢な消費者こそターゲットなのだ。

生産工程も環境も劣悪。空調のない不衛生な工場に足元を見られた労働者が集められ、日本人からしたら嘘みたいな賃金しかもらえず、食うや食わずの生活を強いられ、どうやって「質の高い品物」を作れるだろうか。

そしてそうやって海を渡ってきた品物を頭が空っぽな日本人が買う。そして使ってみれば全然機能しない。当然返品も面倒なので薄汚れた部屋の堆積物と化す。

その誰も幸せになれないシステムを少しだけ考えてみるのは幸せになるためのひとつのピースであることはいうまでもない。

 

ぜひこちらもお読みください 有利不利 を超越する思いやりという概念


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA